2 傷害事故(後遺障害がある)の場合
後遺傷害事故における逸失利益は、被害者の身体に後退障害が残り、労働能力が減少するために、将来発生するものと認められる収入の減少のことをいいます。
後遺障害のある傷害事故の場合は、事故前の被害者の基礎収入、後遺障害の等級、中間利息の控除によって逸失利益の額が決まります。死亡事故の場合と異なり、生活費の控除はありません。
傷害事故で逸失利益が問題となるのは後遺症が残った場合のみですが、後遺症が残っても仕事に特に影響せず、収入が減少することがなければ、特段の事情がない限り逸失利益は認めないというのが最高裁の判例です。
逸失利益の計算式
就労者
| 逸失利益 | = |
基礎収入額 (年収) |
× | 労働能力喪失率 | × |
労働能力喪失期間に対応する ライプニッツ係数 |
|---|
※就労可能期間(一般には67歳をその終期としています。)
18歳未満の未就労者
| 逸失利益 | = |
基礎収入額 (年収) |
× | 労働能力喪失率 | × |
労働能力喪失期間に対応する ライプニッツ係数 - 就労開始年齢までの年数に対応するライプニッツ係数 |
|---|
※就労開始期間(一般には18歳としています。)
|
基礎収入 (年収) |
被害者が生存していれば得られたであろう収入額であり、給与所得者、事業所得者、家事従事者、幼児・学生などで算定方法が違います。 ※被害者が幼児や学生、主婦など実際の収入額が不明確な場合は、賃金センサスを参考に平均賃金より算出します。 事故前の年収に労働能力喪失率をかけると減収分が決まることになります。 |
|---|---|
| 後遺障害の認定 | 後遺症の重さは、「後遺障害別等級」によって第1級~第14級までの間で分けられます。まず医師に後遺障害診断書を作成してもらい、それを損害保険料率算出機構あるいはその下部組織の調査事務所に提出し、後遺障害の認定を受けます。 |
| 労働能力喪失率 | 後遺症障害別等級をもとに労働能力喪失率を算出します。 |
| 労働能力喪失期間 | 死亡の場合の就労可能年数と同じで、原則として症状固定時の年齢から67歳までの期間をいいます。 |
| 中間利息控除 |
労働能力喪失期間に対するライツニッツ計数(またはホフマン係数)で計算します ※18歳未満の未就労者のライプニッツ係数の求め方は異なります。 |
算定例
就労者
| 例えば、被害者56歳男性 大工、年収500万円、後遺障害等級9級 の場合 | ||
| 基礎収入 | 500万円 | 事故前の収入額 |
|---|---|---|
| 労働能力喪失率 | 35% | 障害等級第9級の場合 |
| 労働能力喪失期間 | 12年間 | 67歳-56歳(症状固定時の年齢) |
| 中間利息の控除 | 8.863 | 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数 |
| 逸失利益 | 1551万250円 | 500万円×0.35×8.863 |
(症状固定時)18歳未満の未就労者
| 例えば、被害者10歳男子 後遺障害等級9級 の場合 | ||
| 基礎収入 | 554万7200円 | 平成19年度賃金センサス男性学歴計全年齢平均賃金 |
|---|---|---|
| 労働能力喪失率 | 35% | 障害等級第9級の場合 |
| 労働能力喪失期間 | 49年 |
①就労の終期までの年数 67歳-10歳 57歳 ②就労の始期までの年数 18歳-10歳 8歳 ①57歳-②8歳 |
| 中間利息の控除 | 12.298 |
①に対応するライプニッツ係数18.761 ②に対応するライプニッツ係数6.463 ①18.761-②6.463 |
| 逸失利益 | 2387万6812円 | 554万7200円×0.35×12.298 |
基礎収入
死亡事故の場合とほとんど同様ですが、事故後の収入が事故前の収入に比べて減少したことが、賠償の前提となりますので、通常は、事故前の源泉徴収票等に加え、事故後の源泉徴収票等の提出が必要となります。
休業損害の賠償が一般には比較的短期の療養期間についてのてん補であるのに対し、後遺障害による逸失利益は、ある程度長期の将来にわたる収入の減少に対するてん補ですので、事故時の現実収入が低額であったとしても、労働能力喪失期間中にそれを上回る収入が得られる蓋然性が立証された場合には、その金額をもって基礎収入とすることもあります。死亡事案では、給与所得者の昇給、昇格、ベースアップなどによる収入の増加の蓋然性の立証に困難を伴うことが多いのですが、後遺障害事故の場合は、事故後現実に昇給等があった場合には、その事実を前提とすることができます。
就労後間もない若年者や、現実の収入のない主婦、幼児等については、基礎収入の全額の認定に当たり、賃金センサスが利用されますが、原則として症状固定の年のものが用いられます。
被害者に事故後も減収がない場合
後遺障害の程度が軽微で、被害者が従事する職業の性質等からみて、将来における収入の減少が具体的に認められないときには、逸失利益の発生を認めることはできません。しかし、事故によって現に労働能力が低下し、被害者に減収が生じていない理由が被害者の不断の努力や使用者の温情等によるもので、今後もその状況が継続できるのか定かではないこと等が立証された場合には、被害者の労働能力の喪失を一定程度の割合で認定し、後遺障害による逸失利益の発生を認めることができるものと考えられています。
後遺障害等級の認定
後遺障害については、必ずしも定まった定義はありませんが、「身体に残存する永久的な精神的、肉体的毀損状態やこれ以上治療を継続しても医療の効果が期待できない症状固定の状態」を後遺障害といいます。
後遺症の重さは、「後遺障害別等級」によって第1級から第14級までの間で分けられます。損害保険料率算出機構あるいはその下部組織の調査事務所が等級認定を行います。等級認定には診断書と同様に医師が作成する後遺障害診断書の記載内容が重要となります。例えば、医師がきちんと記入していれば後遺障害が認定されていたにもかかわらず、これを忘れてしまったために後遺障害の認定が受けられなかったなどという事態になる場合もあります。そのようなことを避けるためには、専門家と相談したうえ、正しい後遺障害診断書を医師に作成してもらうことが重要です。
主な後遺症および等級判断
PTSD
死に比肩できるような外傷体験を経ることによって生じる強い精神的ストレスの結果、外傷時の苦痛の反復的なフラッシュバック、回避行動、など社会生活や日常生活に支障をきたす後遺障害であり、外傷性神経症より重度の障害を伴う後遺障害として位置づけられています。
日常生活において著しい支障が生じる場合は9級10号、日常生活において頻繁に支障が生じる場合は12級13号、日常生活において時々支障が生じる場合は14級9号に認定されます。なお、重篤な症状が残存する場合には、7級以上の認定がなされる可能性もあります。
RSD(反射性交感神経性ジストロフィー)
外傷が生ずると交感神経(自律神経)の作用により当該部位の血管が収縮し、出血を抑えようとしますが、まれに外傷が回復した後も交感神経が亢進状態を持続した状態になり、末梢の血流が阻害され、その結果、軟部組織に新たな疼痛が生じ、それが悪循環するという後遺障害です。
近年の研究では、疼痛の原因は交感神経系の異常以外の場合も多いことが判明し、CRPS(複合性局所疼痛症候群)の概念を採用しています。
軽易な職種以外制限される場合は7級4号、就労可能な職種が相当な程度に制限される場合は9級10号、時には労働に差し支える程度の疼痛が起こる場合は12級13号に認定されます。またRSDによって四肢の機能が全廃した場合には、5級以上の認定がなされる可能性もあります。
RSDによる痛みを根本的に治療することは困難であり、発症の契機は軽微な傷害であることも多く、また心因的要因の関与も考えられることから、一定割合の減額がなされる場合があります。もっとも、痛みが止まらず治療が遷延化したゆえに被害者がうつ状態になったり、治療方針に不信感を抱き治療に非協力的になるといった面もあるので、その判断は慎重になされています。
高次脳機能障害
頭部外傷により意識障害を負った者が、治療の結果意識を回後したが、意識回復後に認知障害(記憶障害、集中力障害、遂行機能障害、判断力低下、病識欠落等)と人格変性(感情易変、不機嫌、攻撃性、暴言、暴力、幼稚性、多弁、自発性低下、病的嫉妬、被害妄想等)を生じ、社会復帰が困難となる後遺障害をいいます。
高次脳機能障害の判断に当たっては、(1)事故により頭部に外傷を生じたこと、(3)受傷後の意識障害、(8)意識回復後の認知障害及び人格変性、(4)第3脳室の拡大や脳の全体的な萎縮がMRIで認められることが、基本的な要素になります。
常時介護を要する場合は1級、随時介護を要するものが2級とされるほか、3級、5級、7級又は9級に区分されます。3級ないし9級の後遺障害認定基準はやや抽象的で、自賠責制度の運用において、等級認定の補足的な考え方として、1級につき「身体機能は残存しているが高度の痴呆があるために、生活維持に必要な身の回り動作に全面的介護を要するもの」、2級につき「著しい判断力の低下や情動の不安定などがあって、1人で外出することができず、日常の生活範囲は自宅内に限定されている。身体動作的には排泄、食事などの活動を行うことができても、生命維持に必要な身辺動作に、家族からの声掛けや看視を欠かすことができないもの」、3級につき「自宅周辺を一人で外出できるなど、日常の生活範囲は自宅に限定されていない。また声掛けや、介助なしでも日常の動作を行える。しかし記憶や注意力、新しいことを学習する能力、障害の自己認識、円滑な対人関係維持能力などに著しい障害があって、一般就労が全くできないか、困難なもの」、5級につき「単純くり返し作業などに限定すれば、一般就労も可能、ただし新しい作業を学習できなかったり、環境が変わると作業を継続できなくなるなどの問題がある。このため一般人に比較して作業能力が著しく制限されており、就労の維持には、職場の理解と援助を欠かすことができないもの」、7級につき「一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの」、9級につき「一般就労を維持できるが、問題解決能力などに障害が残り、作業効率や作業持続力などに問題があるもの」とされています。
また、高次脳機能障害に関する症状固定時期について、成人の被害者の場合には、急性期の症状が回復し安定した後の、受傷後少なくとも1年経過した時点が目安とされ、乳幼児の場合には、その症状の回復について脳の可塑性と家庭における養護性の影響が大きいことから、これらを踏まえた適正な期間を経た後に症状固定とする必要があるとされます。
低髄液圧症候群
髄液量の減少に伴い、脳の位置の保全に問題が生じ、頭痛、吐き気、めまい、耳鳴り等の症状を呈する疾患であり、脳脊髄液減少症と呼ばれることもあります。自賠責制度の運用においては、いまだ低髄液圧症候群を後遺症と認めたものはないようです。
外貌醜状
頭部、顔面部のように上肢及び下肢以外の日常露出する部位に醜状痕が残った後退障害です。
自賠責制度の運用においては、女性が外貌に著しい醜状を残す場合に7級12号、女性が外貌に醜状を残す場合に12級15号、男性が外貌に著しい醜状を残す場合に12級14号、男性が外貌に醜状を残す場合には14級10号と認定されます。
デスクワーク、荷物の搬送等の通常の労働にとって外貌醜状は、特段影響を及ぼさないことから、逸失利益は発生しないとも考えられますが、被害者が芸能人、モデル、ホステス等の容姿が重視される職業に就いている場合や、男性でもアナウンサー、ウェイター等のそれなりの容姿が必要とされる職業に就いている場合には、特に顔面に醜状痕が残ったことにより、ファンや店の客足が減る、勤務先の会社で営業職から内勤に配置転換となり昇進が遅れる、転職に支障を生じ職業選択の幅が狭められるなどの影響を及ぼすことが生じ得ます。労働に直接影響を及ぼすおそれがある場合には、被害者の職業・年齢、性別等、被害者の外貌醜状がその労働に与える影響を考慮した上で労働能力喪失率を決することになります。
醜状痕の存在による労働への直接的な影響は考えにくいですが、周囲の視線が気になるなどして、対人関係や対外的な活動に消極的になるなど、間接的に労働に影響を及ぼすおそれが認められる場合には、逸失利益ではなく、慰謝料の増額事由として斟酌されることもあり得ます。金額としては100万円から200万円くらいの幅でなされることが多いと言われます。
労働能力喪失率
一般には、自賠責制度で用いられている後遺障害等級の労働能力喪失率表に従って労働能力喪失率が認められています。
| 障害等級 | 労働能力喪失率 | 障害等級 | 労働能力喪失率 |
|---|---|---|---|
| 第1級 | 100/100 | 第8級 | 45/100 |
| 第2級 | 100/100 | 第9級 | 35/100 |
| 第3級 | 100/100 | 第10級 | 27/100 |
| 第4級 | 92/100 | 第11級 | 20/100 |
| 第5級 | 79/100 | 第12級 | 14/100 |
| 第6級 | 67/100 | 第13級 | 9/100 |
| 第7級 | 56/100 | 第14級 | 5/100 |
労働能力喪失期間
後遺障害は、一般には、被害者が就労可能な期間中は症状が改善されないものと考えられますので、後遺障害により労働能力の一部が失われる期間は、原則として「傷害の症状の固定した時」から就労可能な終期とされる67歳までとなります。
例外として、いわゆるむち打ち症の場合には、症状の消退の蓋然性や被害者側の就労における慣れ等の事情を考慮して、それが自賠法施行令別表第2の14級9号に相当するものであれば5年、12級13号に相当するものであれば10年とされることが多くあります。
それ以外の後遺障害については、相手方に反証がなされたときに、被害者の後遺障害の具体的な内容や程度等に応じて、就労可能な終期までのうち限定された期間において労働能力喪失期間が認められることもあります。
未就労者の就労の始期については原則として18歳とされ、被害者が大学生であった場合等には大学卒業予定時とされます。 高齢者の被害者については67歳までの年数と平均余命の2分の1のいずれか長期の方を採用することを原則としつつ、具体的な職業の内容や健康状況等も考慮して判断されます。なお余命の認定にあたっては、症状が固定した年の簡易生命表を参照するのが一般的です。
中間利息の控除
逸失利益は本来将来発生する損害を現時点において一時に発生したものとして算定するものですから、実際の損害額は中間利息を控除した上で算定します。中間利息控除を行わないと被害者側がその分を不当利得することになるからです。
控除に係る利息の割合
被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中問利息の割合は、民事法定利率(年5分)によります。
控除の方式
判例上はライプニッツ方式(複利)、ホフマン方式(単利)のいずれも許容されていますが、現在はほぼライプニッツ方式で統一されています。ライプニッツ係数は、ライプニッツ係数表を利用し、就労可能年数(平均余命年数、稼働可能年数)から導き出します。
被害者が18歳未満の未就労者の場合、現実に収入を得られるような年齢(一般的には18歳)より前に死亡した被害者の場合には、就労の終期までの年数から死亡時からその就労開始時期までの間に相当する期問を除き、計算します。
加重障害の場合
加重障害とは、既に後遺障害のある被害者が、2度目の事故により、同一部位について後遺障害の程度を加重した場合における後遺障害をいいます。
一般に加重障害による逸失利益については、既にある後遺障害により低下した被害者の労働能力を前提として算定されることとなると考えられるところ、具体的にいかにして算定すべきかについては、次の3つの方式があると考えられています。
(1)2度目の事故によって新たに生じた労働能力の喪失の程度を認定し、その直前の収入の金額(実収入または既存の後遺障害を考慮して賃金センサスの平均賃金を減額した額)に、当該労働能力喪失率を乗ずる方式、(2)2度目の事故後の後遺障害による逸失利益の金額から、2度目の事故による受傷がなかったとした場合の既存の後遺障害のみによる逸失利益の金額を控除する方式、(3)2度目の事故後の後遺障害による逸失利益の金額から、既存の後遣障害を理由に素因減額をする方式、です。


