4 素因減額
賠償額を算定するにあたって、被害者に何らかの負の素因があるときに、損害額を減額する場合があります。負の素因とは、たとえば、事故の被害者が何らかの精神的な病気を患わっていたり、特異な身体的特徴や体質を持っていたりした場合などです。そういった場合、被害者のもっている特殊性のために事故が発生した後、一般の健康な人が被害者の場合の事故であれば1カ月で済む治療が、数か月にわたってかかることも考えられます。
一般的に不法行為による損害賠償の範囲は、原則として当該行為から通常生ずると考えられる損害、相当因果関係のある損害に限定するという考えがとられています。しかし事故と損害の間に相当因果関係があるとしても、被害者に何らかの負の素因がある場合は、それを考慮した上で損害額を決定しなければ公平ではなくなってしまいます。
素因減額は一定の基準があるわけではなく、素因が損害の発生、拡大に寄与した程度を中心として、素因の性質、事故態様、受傷の部位、程度、被害者の年齢その他の事情を考慮して判断されます。
身体的要因による減額
被害者に対する加害行為と被害者の疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのは、公平を欠くときです。
被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特別な場合でない限り、被害者の身体的特徴を考慮して訴因減額をすることはできません。一方で、何らかの疾患に罹患しており、それが損害の発生や拡大に寄与している場合には、いまだでその症状が発現していなくとも、722条2項の規定を類推適用して、被害者の疾患を考慮することができます。
被害者が交通事故の約1か月前に一酸化炭素中毒に罹患しその症状は潜在化ないし消失していたが、交通事故により頭部、頚部及び脳に対し相当に強い衝撃を受け、いったんは潜在化ないし消失していた一酸化炭素中毒の症状が交通事故による頭部打撲傷により再発して持続、悪化し、事故の約3年後に死亡したという事案では、損害の50%が素因減額されました。
被害者が首が長くこれに伴う多少の類椎不安定症があるが疾患に当たらない程度であった事例では、首が長いという身体的特徴と交通事故による加害行為とが競合して損害が発生し、又はその身体的特徴が被害者の損害の拡大に寄与した場合でも、素因減額されないとされました。
被害者が頚椎後縦靭帯骨化症に罹患しており、その疾患が被害者の治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していたという事案では、たとえ交通事故前にその疾患に伴う症状が発現していなくても、素因減額は可能であるとされました。
身体的要因による減額をした裁判例として、類椎脊柱管狭窄で40%減額、頚椎脊柱管狭窄で30%減額、腰椎椎間板ヘルニアで20%減額、頚椎椎間板症で30%減額、腰椎脊柱管狭窄で20%減額、腰椎椎間板ヘルニアで20%減額などがあります。
心因的要因による減額
身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が関係しているときです。
軽度の追突事故の被害者(女性、50歳)が交通事故により頭頚部軟部組織に損傷を生じ外傷性頚頭部症候群の症状を発するに至り、12年余も治療を継続したという事案では、被害者の特異な性格、交通事故前の受傷及び損害賠償請求の経験、加害者の態度に対する不満等の心理的な要因によって外傷性神経症を引き起こし、さらに長期の療養生活によりその症状が固定化したものと認められること、被害者が訴えている症状のうちには被害者の特異な性格に起因する症状も多く、被害者の回復への自発的意欲の欠如等があいまって、適切さを欠く治療を継続させた結果、症状の悪化とその固定化を招いたと考えられることなどから、事故後3年を経過した日以降については事故との相当因果関係がないとし、事故後3年内に発生した損害のうちその4割の限度で損害として認めました。
心因的要因による減額をした裁判例として、事故後のうつ病で40%の減額などがある。


